いつものように生徒会の仕事を終え、暗くなった道を歩く。 吐く息はもう白くて、冬が近づいてきたことをは実感した。 (・・・・・・あ) 人気のない道に、彼女以外の足音が前から聞こえてきた。 テンポの良い聞きなれたリズム。 いつからか習慣になった挨拶をしようと顔をあげた。
帰 り 道。
気がついたのは夏。 いつもが帰るころに走っている人がいるのは知っていた。 たいていは同じ時間に帰っていたしその人物もほとんど同じ時間に走っていたため、覚えるのにそう時間はかからなかった。 ただ、時間が時間だけに顔を見るには至らなかったのである。 (さすがに知らない人の顔をじろじろ見ることはできないし) しかしいつだったか多くの紙袋を抱えながら帰り道を歩いていた日。 ちょうど街灯下ですれ違ったとき、はやっとその人物が誰なのかを理解したのだ。 学校内で非常に有名な郭英士―――― 「あっ!」 「・・・・・・え?」 それをわかった瞬間持っていた荷物のいくつかが地面に散らばってしまったことで、彼の足音も止まる。 (うわ私なにやってんの!) 学校でもないところで知らない人に――――学年も違うのだから――――声をかけられるのはきっと嫌だろう(学校でも嫌だろうけど)。 そう思っていたが、その次に起きた出来事にそれどころではないと慌ててしゃがみこんだ。 家でやろうと思い、持ち帰ろうとしていた生徒会資料の束を集めだす。 (恥ずかしい・・・・・・) 例え自分を知らないだろうとはいえ、こんな失敗している姿を見られるのは誰にでも気まずい。
ふと目の前に影が落ちて、見上げると。 「だいじょうぶですか?」 「・・・・・・っはい、だいじょうぶです。ごめんなさい、いきなり叫んでしまって・・・」 郭の手にはいくつかのプリント。遠くまでちらばった分をを拾って集めてくれていたようだ。 確かに、いきなり目の前でこんなにちらばったのを見て、さすがに知らないフリはできないだろう。 顔から火が出そうな気分で黙々と作業を進めた。 「ほんとうにすみません、ありがとうございました」 「気にしないで下さい」 全てを集め終わってから、また落とさないように気をつけて礼をいう。 郭は小さく笑みを浮かべて言葉を返した。 その笑顔に少し舞い上がりながら、まあ2度と話すこともないしと安心した瞬間。 「いつもたいへんですね、先輩。どうして敬語なんですか?」 「・・・・・・え!?」 そう声をかけられて。 また荷物を落としそうになり慌てて抱えなおす。 (どうして私の名前) 「・・・・・・そんなに驚きますか?」 少し面を食らった顔の郭。 すぐには弁解した。 「いや、私のこと知ってるとは思ってなくて・・・」 「知ってますよ。副会長の顔知らないわけないですよ」 の言葉に苦笑いを浮かべた郭は、「気をつけて帰って下さいね。遅い時間ですし」と言ってまた走っていった。
それが最初だった。
別に副会長だからって下級生とはなんらかの代表者としか会って話す機会はない。もちろん郭はサッカーを中心にしているからそういう係につくことはなかったようで、まともに顔を合わせたことなど1度もなかった。 ――――そんな郭に惹かれたのは、こうやってほとんど毎日走っている姿を見たからだ。 たまに聞く、「郭くんはなんでもできるよね〜」という声。 それを聞くたびに訂正したくなる。 ほんとうは努力してる人なんだってことを。 この時間、この路を帰るたびにその背中を見つめてきたから。
でも。 もう生徒会の任期も終わってしまうから・・・・・・。 そうなるとこの時間に帰ることがなくなってしまう。 それがさみしくて。 でもそれを伝えるほど彼との距離が縮まってるとは思えなくて。
それでもいつものように近づいてきた足音に顔を上げる。 と、その足音がぴたりと止まった。 目の前には郭が立っている。 「・・・・・・?」 今までにないパターンにはびっくりして目を丸くした。 いつもは走っている最中の郭に「おつかれさま」と声をかけて、それに会釈で答えてくれるというもの。 「・・・・・・お、おつかれさま・・・」 どうしようか迷って、一応いつものように声をかける。 すると、「いつもありがとうございます」と帰ってきた。 「・・・・・・」 「・・・・・・」 しかし次に何を言っていいかわからずに沈黙が訪れる。 「何か、あった?」 とりあえず当り障りのないことを郭に問い掛けると、見たことのないような郭の笑顔が目の前に現れて。 「先輩」 「っはい!?」 思わず身体を強張らせながら返事をする。 「俺、先輩が気づくよりも前からいつもこの時間に帰るって知ってたんですよ」 「・・・・・・え!?」 「だから、俺もこの時間に走るようにしてたんです。先輩に会おうと思って。・・・・・・じゃあ、また明日」 そんな言葉を残して、またいつもの足音で去っていった。
は茫然としてその場に佇んだ。 今、何が起きたのだろうか。
彼が走っていった方を見つめる。 初めて見た郭の笑顔が頭から離れない。
しばらくしてはゆっくりと息を吐き、そして少しだけ口許に笑みを浮かべながら明日のことを考えた。
また明日、この時間この場所で彼を待とう。 そうしたら、またあの笑顔が見られるかもしれないから――――――
ほほを赤く染めながら、家への路をまた歩き始めた。
END
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