illusion wing
過ぎ去った過去に縋りついても仕方のない事だし、先の未来に怯えたって、それもまた仕方のない事。
例えば鳥のように綺麗に飛べたらいいんだろうけど、僕らは生まれ持った足で大地を這いつくばって生きていく事しか出来ない。
どうせ格好悪いのは目に見えてるし、近い未来なんてたかが知れているなら。
だったら、いっその事――
「鳥ってすごいね」
仕事途中の気分転換にシードと散歩していた時に切り出した言葉。
頭上で広い空を優雅に飛び回っている小さな鳥達を、ただ葵は眺めていた。そんな葵の様子にシードは眉をひそめる。
「なんで?」
「飛べるから」
それは当たり前といえば、当たり前の答えだったのだろうけど。
「葵ちゃん、鳥は飛ぶものだぞ?」
「うん。そうだけど、たった2つの翼だけであんなに綺麗に飛べるんだから、やっぱりすごいよ」
――もし自分も翼があったら、あんな風に綺麗に飛ぶことが出来るのかな。
「翼、あったらいいのにね」
それは絶対に無理な事なのに、どこか懇願めいた口調にシードの中でやりきれない感覚が占めていく。
自分は何を言ってあげられる?
「葵ちゃん、こっち」
細い手首を掴んで、遠く離れた場所にある大きな樹木へと連れて行く。
「え?何処行くのシード?」
「いいから」
適当な言葉で濁らして、ゆっくり樹木に近づく。
幹の下辺りまで近づいたとき、頭上から小さな小鳥のさえずりが耳に届いた。
「あそこにさ、生まれたばかりの鳩の赤ちゃんがいるんだよ。見える?」
指をさされた方を見つめて、気がついた。
緑色の葉と葉の間から、親鳥の羽毛に包まれた小さな小さな小鳥達の姿。
生まれてからさほど時間はたっていないのだろうけど、瞳は既に開かれていて、ぎこちない動きで親鳥にえさを与えられている。
「…鳥だって最初は飛べないんだよな」
「うん…」
誰だって、何だって、最初はうまくいかない。
わかっていたはずなのに、いつの間に忘れてしまっていたんだろう。
そして、シードは何が言いたいんだろう。
「うまくいえないんだけどさ、葵ちゃんは、葵ちゃんのままでいいと思うよ。俺は」
もしも翼があったら、それはすごく綺麗に見えるだろうけど、それはあくまでも『綺麗に見える』だけで。
本来の自分を隠して生きていくことは寂しい事だし、それなら、いくら格好悪くたって飾らない君の方が好きだから。
それだけで嫌ったりなんてしないから。
「俺は、今の葵ちゃんが好きだよ。今のままでいてほしい」
「…葵も今のシードがいいよ」
「だから、いらないんじゃないか?」
――翼なんて。
「…うん。そうだね…」
本当の自分を白日の下に隠して、『翼』という綺麗に飾られた言葉で惑わすだけなのなら、いらない。
「それにさ、翼なんかなくったって葵ちゃんには立っていられる場所があるだろ?」
「…うん」
――ありがとう。
過ぎ去った過去に縋りついても仕方のない事だし、先の未来に怯えたって、それもまた仕方のない事。
例えば鳥のように綺麗に飛べたらいいんだろうけど、僕らは生まれ持った足で大地を這いつくばって生きていく事しか出来ない。
どうせ格好悪いのは目に見えてるし、近い未来なんてたかが知れているなら。
だったら、いっその事。
――立ち向かっていこうよ?
僕らには翼のような綺麗なものなんてないけれど。
たとえ転んだって、つまづいたって、また立てばいいだけの事なのだから。
立てない時は、いつだって手を差し伸べてあげるから。
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