「important macdol-side」
それは、旅の途中の森でのことだった。
どこの森なのかは知らない。
知ろうとも思わない。
…まだ、あの土地には辿り着いていないから。
ガサリと音を立てる。
森の中の小さな水辺で休んでいるところだった。
音に警戒して、脇に置いていた昆に手を伸ばす。
人なのか、動物なのか。
陽はとうに沈んでいて、何が出てもおかしくはない。
ガサガサという音の後、その姿が見えた。
「あれ、人がいたのか。わりぃな、邪魔したか?」
現れたのは人だった。
警戒を解かずに見つめる。
白に赤のラインの入った上着。
腰に下がっているのは長剣。
特徴的に感じたのは、紅い髪。
「見たとこ…旅の途中か?」
「…えぇ…」
無難な質問に、無難な答を返す。
「悪いことは言わないから、なるべく早めに森を抜けな。もうすぐ戦場になる」
「ありがとうございます…」
目前の男は軽く溜息を吐いて、頭を掻く。
「あのさ、別に危害を加える気もないから、警戒するのやめねぇ?」
…ドコにそんな保障があるのか。
「お前、どう見たって敵の斥候じゃないだろうしな。敵じゃなければ、オレは攻撃しない」
信じられるのか、この男の言葉を。
「そもそも、水浴びに来ただけだし」
…この泉に用があったのか。
「…なぜ、敵じゃないと言い切れる?」
疑問だけは問いただしておくことにする。
武器だって持っているのだから、そう簡単に決め付けられないはずだ。
「その瞳が教えてくれている」
瞳?
「全てを拒む瞳だ。そんな瞳をしていて、兵士だなんて出来ないだろうからな」
…驚いた。
まさか、初対面の相手にそんなことを言われるとは思ってもみなかった。
でも、決して表情には出さない。
ただ、昆を握る手に力がこもった。
「あのさ、何があったのか知らねぇけど、そんな瞳をするなよ」
「知らないなら、口を挟まないでくれませんか」
知らないなら、何も聞かないでいて欲しい。
黙って、この場を去ってくれればいい。
「そうはいかないな。お前さんに話したいことが出来た」
そう言うと、男は隣に腰をおろして、話し始めた。
「そんな目、してちゃいけないんだ。何もかも拒絶しちゃいけない」
…勝手なことを言わないで欲しい。
「人と出会うこと、おそれちゃいけない。誰かと出会うこと、知り合うこと、別れを怖れちゃいけない。全てはお前に何かを教えてくれる大切なことだから。
新しい出会いまで拒んでいては、何も残らなくなる。大切なことを見逃して、忘れてしまう。前を見て歩くんだ。今のお前に必要なことのはずだ」
「…何も、知らないくせに…」
無意識に呟く。
「あぁ、知らない。でも、当たっているだろう。大切な人を亡くしたんだろう?」
かすかに目を見張る。
なぜ、そこまで当ててしまうのか。
「昔、同じ目をした奴がいたんだよ。全く、同じ目をした奴が」
同じ…?
「だから、同じコトを言っているんだ。大切なことを見落とさないために」
ふいに目を伏せる。
「大切なことって、何?」
俯いたまま問い掛ける。
「さあ? それはオレも知らない」
無責任だ。
言い始めたのは、この男なのに。
それが何なのかは、人によって違うだろうから。
だから、明確には分からない。
オレ自身ですら、まだ分かってないし。でも、大切な何かがあるんだ」
「知らないのに、言い切れるの?」
顔を上げて、まっすぐにその目を見て問い掛ける。
すると、男は優しく微笑んで答えた。
「スゲー尊敬してた人が、オレに教えてくれたんだ」
…あぁ、そういうことか…。
「どうして、貴方に?」
「オレが、昔はお前と同じ目をしていたから」
男は立ち上がり、上着を脱いで泉に入っていく。
「実行できるかどうかは、お前さん次第だ。気負うこともない。好きにしな。ただの忠告だから」
「…有難う」
何かが和らいだ気がした。
同じ痛みを知っている人がいる。
そして、乗り越えたであろう人がいる。
僕もゆっくりとでも乗り越えられるだろうか。
気がつけば、自分の手は昆から離れていた。
「シード」
背後から、呼びかけてくる声があった。
「クルガン」
泉に入っている男が答える。
「そろそろ戻って来い。冷やしすぎると風邪を引く」
「あー、はいはい…と」
ザバザバと音を立てながら泉から上がってくる。
水を払って、上着を引っ掛ける。
「んじゃ、戻りますか…」
「邪魔を致しました」
背後の男が、僕に声を掛ける。
「いえ、話が出来て良かったです」
素直な言葉を返した。
「ココで野営するなら、明日の早朝にでも移動しといたほうがいいぞ。戦場になるだろうから」
赤毛の男が忠告してくる。
「ご丁寧に、有難うございます」
僕の言葉に、男は優しく微笑んで近づいてきた。
そして、擦れ違いざまに耳元でそっと囁いていった。
「またな、フェイ」
名前を呼ばれたことに驚いて振り返る。
が、男は何事も無かったようにそのまま去っていった。
なぜか、今の男ならもう一度会ってみたいと思った。
(了)
■後書き■
終了しました〜。
多分、続きはないはずです。
…多分、はい。
読んでの通り、坊ちゃんとシードのお話。クルガン、脇役(笑)
んで、実はシードサイドの話があったり…。
いろんな謎が解けるかもです。
一周年記念の、愛するくーちゃんへvv
最愛の宥人しゃんに頂いてしまいました(黙れ、私)
日にちを覚えて頂いてた事だけでもう光栄なのに…(落ち着け)
シードさんのお言葉に色々考えたり……
シードさんが乗り越えられたように、私も乗り越えられる日が来るんでしょうか。
本当にどうもありがとうございましたvv
月のない晩は背後に気をつけながら帰宅しなきゃ(何)