Visibility

 

 

 

 

 

当たり前の事で別に意識なんてしてなかったから、

こういう風になるまでいかにそれがすごい事なのかわからなかった。

ねえ、どうか君の綺麗な瞳の中に俺の姿を映して。

君のその瞳でどうか俺を見つめて下さい。

 

 

 

 

 

「大丈夫そうか?」

「ええ。シード様の素早い処置のおかげで、早いうちに洗い流したようなので酷くはなりませんが、しばらくは包帯をしておかなくてはいけません」

洗面器に汲み置いてある水で手を洗いながら医師が答える。

その質問をぶつけた彼は、

話題の中心になっている葛葉の方に足を向けた。

「どんくらい……かかるんかな?」

「大体2週間といった所でしょうか」

ベッドに横たわっている彼。

普段なら覗きこめるはずの綺麗な瞳は、

痛々しいほど真っ白な包帯で隠されていた。

「もういいか?」

「ええ。必ずお薬をお飲み下さるよう、お伝え下さい」

「おう。さんきゅな」

薬の副作用で眠ってしまっている彼を抱き上げて医務室を後にした。

 

 

そう、本来なら自分が彼の立場に立つはずだったのに。

 

 

 

 

 

 

視察に行った帰りに毒蜘蛛の大群に遭遇した。

一撃で全部仕留めたはずだったのに、

1匹だけ打ち込みが浅かったらしくにシードに向かって毒をかけようとした。

でもそれにいち早く気づいた彼がシードを庇ったのだ。

本来ならシードの肘辺りにかかるくらいの高さだったのだけれど、

小柄な彼の目の高さがちょうどそれくらいで不運にも目に入ってしまった。

普通に毒が付着したり傷口に入り込んでしまう程度ならば毒消しで何とかなるのだけれど、

目に入ってしまったら下手したら失明まで引き起こしてしまうわけで。

急いで洗い流したもののこんな事態になってしまって。

 

 

 

 

「……シード?」

目を覚ましたらしい彼が不安そうに自分を呼んだ。

「くーちゃん、起きた?」

声をかけると彼は正確にこちらに向いた。

「うん。シード、ちゃんと消毒してもらった?」

「おう。でも……」

 

ほんのしばらくの間の事とはいえ、

覗き込んでも彼の瞳には自分の姿は映らない。

彼が起きるまでに何度も考えて反芻さえした事だけれど、

実際にその事実が目の前にあると胸が痛い。

でも見えない事で不安になっているのは、

自分とそれを代わってくれた彼の方が尚更だろうから、

きつめに彼を腕の中に抱きこんだ。

 

「ごめんな、くーちゃん」

「どうして…?シードが、ごめんなさいする事何にもないよ?」

彼はそう言ってくれたけど。

ちゃんと治ってくれる事を願ってるしわかってるけど。

「でも、ごめんな」

それしか言えない自分が悲しかった。

 

 

 

 

 

「シード、お仕事は…?」

「んー?今日は休みだよ」

嘘。

ジョウイにわけを話して休暇を貰ったから。

彼の側を片時も離れたくないって、

一瞬でも不安にしたくないって、

真っ暗な世界に1人だけでいさせたくないからって。

無力な自分がせめて彼に出来る事は側にいる事だけだから。

 

 

 

 

 

 

「くーちゃん、包帯取ろっか」

あの日からちょうど2週間後の夜。

「うん……」

医者の診断では今日のはず。

綺麗に巻き取りながら包帯を解いていく。

目の保護の為にかぶせてあるガーゼも取った。

目を明けた瞬間はとてもまぶしいと聞いたから明りも落として。

「くーちゃん、目開けて?」

「うん……」

一瞬間があってから彼はゆっくりと目を開けた。

「見える…?」

視界が安定するのを少し待って聞いてみたら。

「うん」

彼の琥珀色の綺麗な瞳の中にシードの姿が映っていて。

「………おかえり、くーちゃん」

それでも生じた眩しさで目を潤ませた彼が嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

当たり前の事で別に意識なんてしてなかったから、

こういう風になるまでいかにそれがすごい事なのかわからなかった。

自分が大事に思っている人の瞳の中に自分を映していて貰えているという事が、

どれほど大事な事かなんて大してわかってなかった。

言葉だけじゃ足りない、態度だけじゃ足りない、そんなんじゃなくて、

君の瞳の中に俺を映していて下さい。

願わくば君の瞳の中の俺の姿が消える事がありませんよう。

 

 

 

 

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