失くした君へ…
「あ!お帰りなさい、ユギ様!」
ミルイヒ・オッペンハイマーに連れ去られたリュウカンを救出に行っていたユギ達が帰ってきたらしい。
出迎えで騒がしくなった広間に眉を顰め、移動しようと転移魔法を唱え出した時ふと何かが背後を通った。
慌てて振り返ると、みなから労いの言葉をかけられていたはずのユギである。
ユギ、と呼ぼうとして口を噤んだ。
最近騒がしかったソウルイーターがすっかり大人しくなっていたから。
ルックはそのまま消えていきそうにエレベーターに乗っていくユギを黙って見つめていた。
自室のある階に着いた途端出迎えてくれた仲間に笑顔で応えると自室に入って鍵を掛けて。
先程失ってしまった彼が整えてくれたベットに座り込んだ。
誰にも入ってきて欲しくない。
誰の慰めも欲しくない。
このまま一人にしておいて欲しい。
このままそっとしておいて欲しい。
―――出来る事なら、グレミオを喰ったこの右手もろとも殺して欲しい。
あの時何度無機質な鉄の扉を叩いただろう。
あの時何度彼の名前を叫んだだろう。
あの時何度…この紋章を憎いと思っただろう。
いつかはこうなるかもしれない、そんな嫌な予感があった。
そんな事になって欲しくない、そう強く願った。
―――本当にそうなってしまうなんて。
「嫌だよ、グレミオ……」
それでも、涙は出なかった。
軍師やみなが気遣ってくれたのか遠征の予定もなく、
そして運良く帝国軍に攻められる事もなかった。
時折尋ねてくる仲間が慰めの言葉をかけてくれるが全く頭には届かず、
何もかも抜け落ちたような笑顔で応えても皆それに気付かなかった。
涙はやはり出る事はなく。
いつから自分はこんな冷血漢になったのだと皮肉ってみたりした。
グレミオが喰われた日から眠りに就けなくなった。
人間は極度の睡眠不足の状態に陥ると死んでしまうと聞いた事があったからそうなる事を願いもしたが、
化け物がついている身には一時の休息も現実逃避も許されないようだ。
いつまでもこうしているわけにも行かないというのはわかっていた。
これもまた、現実を受け止めていながらの現実逃避に過ぎないのだと。
もう何もかもがどうでもよくなって、疲れた。
「ユギ」
ふとドアの向こうから二、三日聞いていなかった声が聞こえる。
「……ルック?」
ドアを開けようと立ち上がると、すぐ目の前にテレポートしてきた。
「……久しぶりだね」
そう言って笑い掛けてもルックは何の返事も返さない。
「……で…どうしたいわけ?」
ルックがじっと見つめながら尋ねてくる。
「何が?……もう落ち着いたから、大丈夫だよ」
「へえ」
ルックは僅かに目を細めると、ユギをベッドに組み伏せた。
「……ルック?」
そのままユギの右手を自分の心臓の近くに持ってくると、ルックは口の端で笑った。
「……僕を喰ってみるかい?ソウルイーター……」
挑戦的なルックの声にソウルイーターが発動し、辺りが闇に覆われる。
「……ちょ…ルック!!ねえ、ルック!?嫌だ!止まってよ……!!もう嫌だよ……!」
その声に、しばらくするとゆっくりと闇が消えていった。
「……どう?」
ルックが尋ねる。
余りのショックで、ユギは大粒の涙を零していた。
「……っどうして…?」
「これのせいで大事な人が死んでいくから人と関わりたくないんだろ?」
そう尋ねるルックに、ユギは頷く。
「ソウルイーターのせいで失ったと思ってるんだろう?でも、僕は?生きてるじゃないか」
ルックの言わんとする事がいまいち飲み込めない。
「……つまりあいつは…そいつのせいで死んだんじゃないって事。ユギを助けたかったから……後追いなんかしたらあいつはただの犬死にだよ」
―――だから、もっと自分を大事にしなよ。
呪文をつぶやくと、ユギはやがて小さく寝息を立てて眠ってしまった。
「……こんなにしないと泣けないなんてね…ユギは馬鹿だよ……」
―――君の悲しみは僕が受け止めてあげる。だからねえ、今はおやすみ。
○あとがき
微妙にリメイクした話。ルックさんがかっこいいという御言葉を頂いた記憶が……
きっと彼は、何が何でも泣かせようとするんじゃないかな。泣くのはすきじゃないとか普段は言いながらもね。