Can You Keep A Secret?




「ねえ、ルックは何をあげるの?」 「はあ?」 いつものように子猿…エンジュが石版のちょうど上にあたる柵からやや身を乗り出して聞いてきた。 「はあ?って……ルック、明日ホワイトデーだよ?お返ししないの?」 そういう類の行事が嫌いな自分でも一応は明日の事は認識していて。 「……君に言われなくてもわかってるよ…で、何?」 「だからね、僕あげたんだけどその人からも貰っちゃって……やっぱりこの場合、お返しあげなくちゃいけないかなあって」 「………義務感?」 「そうじゃないけど……くれた相手の、気持ちに応えたいかなあ、って」 その言葉にふとルックは黙り込む。 その彼に上からエンジュがまた何か言ったが魔法使いの少年は欠片も聞いてはいなかった。 「お返し、ねえ……」 昼間のエンジュとの会話でそればかりがこびりついて頭から離れない。 『……今日、バレンタインだから…えっと……』 そう言って、 彼が顔を赤く染めて今にも泣き出しそうな顔でチョコレートを自分にくれた日からもう一月。 何も考えていなかったわけではないし、 イベント嫌いの自分もその時ばかりは考えを変えたほどで。 でもいざ自分があげる立場の日になろうとしているとは…… 「……何がいいのか知らないし」 ………困った。 こういう時、 誰に聞けばいいものかわからない。 シーナのような軽い奴に聞いてもからかわれるだけだろう。 やれやれ、と一つため息をつくと酒場に向かった。 「お返し?お前が!?」 ある程度予想はしていたがその反応を返されると少し腹立たしい。 僅かに眉を顰めるのだけで我慢して、ため息をついた。 五月蝿いリアクションを返さなさそうな人間を、という事で彼に聞く事にしたのだがやはり人選ミスだっただろうか。 「………仕方ないだろ。で、あんたならどうする?」 わずかに芽生えた苛立たしさをどうにか誤魔化そうと小さくフリック先生?とからかう様に付け加えて呼ぶと、フリックも苦い顔をした。 「俺か……まあ、相手が欲しがってるもの、だろうな。お前の相手誰か知らないがそいつのすきなもの買ってやったらどうだ?」 「それがわからないんだけど」 「だったら、お前が一番そいつにやりたいものを渡せばいいじゃないか」 「………それがわからないから聞いてるんだろ?」 あんたに聞くんじゃなかった、とばかりにルックは踵を返し、礼を言う必要もないとその場を立ち去りかけて。 「ルック。すきな奴から貰えるものは何だって嬉しいさ。お前もそうだろ?」 追いかけてくるようではあるが呼び止めるでもないその声を背中で聞きながら、酒場を出た。 その後いくら考えても上手く出てこなくて。 本がすきだからと言って本をあげても、 きっと本にのめり込んでしまうだろうとか僅かに襲う独占欲で選択肢を消してしまったりして。 どうしようかと考えているうちにいつのまにか眠ってしまいその日になってしまって。 ため息が重い。 どうして自分はたかだかこんな事に悩んでるんだか。 それを思うと馬鹿馬鹿しいのだけれど。 でも、ユギの気持ちに応えたいから。 彼が来る予定の昼が近づいた頃、 ようやくルックはとある物に決めた。 それを買いに行くのが非情に恥ずかしいのだけれど。 柄にもない、ともう一度ため息をついて、石版の前から姿を消した。 「あれ……ルックは?」 エンジュについてきたユギは、珍しく定位置にいないルックを捜して辺りを見回した。 「本とですね…どうしたんだろう……」 「エンジュ殿!また書類を放り出して……」 「だってユギさんを……」 「こんにちは、ユギ殿。ちょっと御借りしますよ」 「えー……ユギさあん……」 着いた途端に軍師に呼ばれたエンジュは名残押しそうな顔をしながらも軍師に手を引かれて行ってしまった。 一人取り残されてもやる事なんて特になくて。 酒場に行けば幾らでも昔の仲間と喋れたのだろうけれど、 ルックと喋ろうとしていた当てが外れた事もあって、 図書館の最奥の部屋の誰にも見えない本棚の影に座り込んで本を開いた。 どれくらい経ったのだろう。 かたん、という小さな音でユギは僅かに顔を上げた。 「ルック?」 「……久しぶり」 ルックが隣に座る。 慌ててしおりを挟んで本を閉じた。 「ルックいなかったね。何処に行ってたの?」 「さあね……」 いつもよりそっけない返事。 すぐに会いたかった事もあって、ユギは僅かに顔を歪めた。 「……ふうん……」 沈黙が重くて。 仕方なく立ち上がりかけたけれど、 「ユギ」 そのまま手を引かれてルックの膝の上に座り込んでしまって。 慌てて立とうとしたら、腕の中に閉じ込められた。 「どうしたの?」 珍しいルックの行動。 今日のルックはまるで博物館の展示品の様。 「……手、出して」 その言葉に戸惑うと、ルックはユギの左手を引いた。 「なあに?」 薬指に飾られた綺麗に光るもの。 驚いて、ユギはルックを見た。 「……ルック?」 「………こないだのお返し」 彼はそっぽを向いたままそう呟いて。 顔が赤く染まるのを自覚しつつもどうしたものか迷っていると、 そっぽを向いていたはずのルックは唇だけで何やら呪文を唱えて薬指のそれにキスを落とした。 「ルック?」 「それ、外したら大変な事になるからね………」 そう言って、泣き出しそうな、はにかんでいるような顔のユギを抱き込んだ。 ユギは素直にそれを信じて外そうとはしなかったが……そのお返しの意味がわかるのは、まだ先の話。

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