Unrequited

 

 

 

 

 

例え辛くてもなくしたくない。

泣きたくなるくらい胸がすごく痛くて、

真っ直ぐ君を見つめられなくなる時があっても、

それでも僕はそれを必死で守ってる。

 

 

 

 

 

 

珍しく休みの昼下がり。

やっと暇が出来て彼と自室で過ごしていた。

読んでいた本に栞を挟んで、

空になったティーポットにお湯を貰って来ようと立ち上がったら。

 

「どこ…行くの…?」

僅かながらに袖を引かれて不安そうな声が聞こえて来る。

視線を落とすと今にも泣き出しそうに揺れている瞳が見上げてきて。

 

「ポットが空になったからね。お湯を貰って来るよ」

「うん」

それならよかった、というように、

不安気な色が薄れて安心したような顔になる。

小さく摘んでいた袖を離して、早く帰って来てね、と彼は言った。

 

何も聞かないまま手を離してしまったら、

きっともう自分の手の届かないような遠くに行ってしまうと思うのか、

彼の側から離れる度にこのような事が繰り返されて。

泣き出しそうな君を見て、

それ以上に僕が泣きそうになっている事を君は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「きっとね、ずうっとないと、思ってたの」

「何が?」

「ずうっとこのまんまだって思ってたの」

「独りのままだって?」

「うん。だからね、ルックが僕の事すきになってくれて、すごく嬉しい」

 

 

僕の気持ちを告げたその時君はそう言っていたね。

 

 

でもそれは、君は君を愛してくれる人ならば誰でもいいの?

独りになって淋しさを感じなかったら誰でもよかったの?

ただ僕が君に気持ちを伝えて、

君の紋章の事を考え合わせても条件がよかっただけ?

 

もしそうだとしたら。

君が誰かを愛する事はないって事じゃないの?

 

 

 

 

 

 

 

お湯を入れたポットを持って自室まで戻る。

彼の希望に応えて転移魔法を使ってもよかったけれど、

少しばかり考えたかったから。

紅茶の葉を入れて蒸らしながら、

お茶の準備をしている自分を見ている彼に問い掛けた。

 

 

 

「葛葉は、僕がすき?」

「うん、すきだよ」

「僕は君がすきだよ」

そう言うと彼は嬉しそうな顔になった。

「うん」

「でも前から聞きたかったんだけど」

「うん?」

「………葛葉が欲しいのは、本当は何?」

「え……?」

 

 

 

君が欲しいものは何?

僕の気持ち?

それとも淋しさから逃げる為の居場所?

 

 

 

「葛葉が僕をすきになったのはどうして?」

「え……?」

「それは僕が葛葉の事をすきだって言ったからじゃないの?」

もちろん、解放戦争の時から親しくしていた事もあるのかもしれないけど。

「違うよ…?」

「じゃあ僕が君の事をすきになってなかったら、葛葉はどうしてたわけ?」

「それは……」

君の性格から言って自分から気持ちを伝える事はありえない。

拒絶される事が酷く怖いから。

「誰かにそう言って貰えるのを、待ってただけじゃないの?」

そうしたらその人をすきになる事で淋しさを感じなくてもいいから。

 

 

「葛葉はずるいよ」

 

 

それは君を取り巻く環境のせいだけじゃない、

それによって形成された君自身の気持ちの問題。

 

 

僕は君に自分の気持ちを言ったね。

拒絶された時に傷つくとか傷つかないとかそんなの抜きで、

ただ君に僕を見て欲しかったから。

だけど君は違うね。

どれだけ欲しいと願っても自分から取りに行く事はせずに、

ただ誰かに与えて貰えるのを待ってる。

独りになるのは泣きたくなるほど淋しいのに、

側に行って拒絶されるのが怖いから、

ひたすら誰かに側に来て貰えるのを待つ受け身体制で。

 

 

僕の行き先をいつも聞くのも、

僕と離れるのが怖いんじゃなくて、

自分が独りになるのが怖いだけじゃないの?

 

 

本気で君の事がすきなのに僕は惨めでしょうがない。

 

 

 

 

 

僕の言葉で泣き出しそうに瞳を揺らしている彼をきつく腕の中に閉じ込めた。

 

 

「ちゃんと僕を見てよ」

「ルック……?」

「僕の事だけ考えてよ」

「考えてる、よ」

「僕は君から離れられないんだよ」

 

 

こうしていないと君がいなくなってしまうから。

君がいないと淋しくて仕方がないから。

僕だって独りになるのが怖いんだよ。

でもそれ以上に君と離れてしまうのが怖い。

表面は取り繕っていたって、

僕だって中がぼろぼろなのは百も承知。

それが何とか保たれているのは君がいてくれるからなのに、

そういう存在であるはずの君には僕の不安は何一つ言えないままで、

僕はいつだって泣きそうになりながら君を孤独から守るしかない。

 

 

ああ、僕は馬鹿なのかもしれない。

君にはそう告げないまま、

君を孤独から守る事で自分も孤独から守られているのだと、

まるで感情なんて排除された義理のお返しのようなそれを、

必死になってこうやって守ろうとしてるなんて。

ずっとこのままでいられるように守っていきたいと思ってるだなんて。

 

 

 

 

 

「僕は葛葉がすきだよ」

「うん……」

「僕は葛葉がすきなんだよ」

「うん」

「だから、葛葉も僕の事をすきになってよ」

「すきだよ……?」

「僕がこうしてなくても僕の事をすきになってよ。僕だけを見てよ、葛葉」

 

 

 

わがままな事かもしれない。

世の中がギブアンドテイクで成り立ってるとは必ずしも思わないけど、

それでも僕も君に守って欲しいと思うのは。

お願いだから僕を見てよ。

独りになって淋しさを感じるのが怖いんじゃなくて、

僕と離れてしまうのが淋しいんだって言ってよ。

今の僕は君に片思いしているのと変わらないんだよ?

 

 

 

 

 

蒸らしすぎて随分と濃く出てしまった紅茶は、

まるで僕の気持ちを映すかのように酷く苦くて、

それでも君が注いでくれたものだからと、

僕は泣き出しそうになるのを堪えてそれを飲んだ。

 

 

 

 

 

 

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