False promise

 

 

 

 

どうか君の側にいさせて下さい。

君の側にいると約束させて下さい。

それがいつか破る事になってしまう事を、

約束している時既にわかっていたとしても。

 

 

 

 

「くーちゃん」

廊下の先を歩く小さな背中に声をかける。

案の定その彼は酷く驚いたようで。

恐々といった感じで振り向いた。

「……シード?どうかしたの?」

「ん?荷物重そうだから。俺も手伝うよ」

「でも……」

「いいから」

半ば無理やり彼の手の中の書物の山を取り上げて。

そのまま歩き出した自分に、

彼は慌てて後ろからついて来た。

 

「……あの、お仕事は…?」

「ん?そんなの後からやるって」

「うん……」

 

まだだめなんだな。

 

そう思う。

ある村を前皇王が滅ぼした時にただ1人残っていたのは彼で。

ルカに気にいられてそのまま連れて帰ってこられたものの、

彼は人に懐こうとはしなかった。

シードともようやく少し話すようにはなったけれど、

いつもはジョウイやササライの側を離れようとしなくて。

 

自分の何がいけないのか、

もしかしたら恐がらせてしまっているのかと、

色々考えてみたりもした。

改善もしようと頑張ったつもりではいる。

それでも彼はどこか怯えていて。

そんな顔させたいんじゃないのに。

 

 

 

 

 

「くーちゃん、開けてくれる?」

書庫の前にたどり着いて、

自分を小走りで追いかけてきていた彼を振り返って頼んだ。

「うん……」

ドアを開けてくれた彼の後について中に入る。

まるで一刻も早くそこから出ようとするかのように、

一生懸命に本を棚にしまい始める葛葉に僅かに溜息をついたけれど、

意を決してそのまま彼に手を伸ばした。

 

「くーちゃん」

 

案の定彼は小さく震えて。

今にも泣き出しそうな瞳が自分を見上げた。

 

「くーちゃんは、俺の事嫌い?」

小さく頭が左右に振られる。

「俺の事が怖い?」

また否定の返事。

 

「俺と一緒にいたくない?」

 

その質問に困ったようにしたけれど。

やがて僅かに頷いた。

 

「何で?」

「あの……」

「怒らねえから」

どうしたものかと本当に困ったようだけれど。

やがて小さな返事が返ってきた。

「………一緒にいちゃ、いけないから……」

「……何で?」

「一緒にいると、その人は死んじゃうから」

「え?」

 

「最初は、解放軍のリーダーだった人だった。僕の事認めてくれた人だったのに。次はグレミオだった。ちっちゃい時からずっと僕の事世話しててくれたのに。

次は父様だった。僕が尊敬する大事な父様だったのに。その次はテッドだった。僕の親友で大事な人だったのに」

 

「……」

「次は誰になるの?誰が死んじゃうの?」

「でもそれは……」

彼のせいではないと続けようとしたけれど首を振って遮られた。

「これがあるから、僕のせい、なんだよ」

 

初めて見せられた彼の白い右手。

いつも手袋で隠されているそこには、

禍々しい焼け付いたような刻印があった。

 

「だから、本当はついてくるつもり、なかった。ルカは…だから死んじゃったのかもしれない」

「それは……」

「そうじゃないかもしれない。でも、僕には、そうとしか思えないよ。だから、同じ力を持った人のところにしか、いちゃいけないの」

 

ジョウイやササライのような。

 

「でも本当は、誰とも一緒にいちゃ駄目なの。だから、本当はこのお城も、出てかなきゃいけないの」

 

「……くーちゃんは、それで淋しくないのか?」

「……………淋しくない…よ」

 

言いながら涙が溢れそうになるのがわかって慌てて下を向いた。

泣いてしまったら自分の弱さを露呈してしまうから。

シードはしばらく黙っていたけれど、

不意に手を離してそのまま葛葉を抱き込んだ。

 

「シード、あの、離……」

慌てて手で押し返そうとしたのに。

「やだ」

「でも」

「絶対死なないとは言わない。俺はいつ死ぬかわかんない仕事してるから」

「……」

「だけど俺はそれに喰われて死ぬつもりは全然ねえから。だから、心配しなくていいから」

「でも」

「そんなに心配なら、俺と一緒にいて俺の死ぬとこ見てればいいさ。そしたら、そいつのせいじゃないってわかるだろ?」

 

 

矛盾してるってわかってる。

でもそうでもしないと君は何処からもいなくなってしまうのだろう。

 

 

「だから、俺の事信用してくれよ。そんなんじゃ死なねえってさ」

 

「俺はくーちゃんがすきだから、それだけは絶対守るから」

 

 

彼の顔を覗き込むと、

俯いたままだったけれど僅かに彼は頷いた。

 

 

 

 

出来ない約束はするものじゃない。

ちゃんとそれはわかっているし、

それを余計に痛感させられたけれど、

それでもほんの少しでも彼が楽になるなら、

出来ない可能性が高い約束を本物にしようという努力くらいしたい。

 

 

小さくシードの服にしがみついた彼の姿が、

「ありがとう」という彼の弱々しい声が、

泣きたくなるほど胸が痛くて仕方なかった。

それはきっと本当に自分にはこの約束の結果がわかっているから。

 

 

 

 

 

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