Happiness argument
『幸せがもし目に見えるものならあなたのそれはどんな形でどんな色をしていますか?』
「うーん」
その手にあるのは可愛らしくラッピングされた包み。
「どうしよう……」
更に右手にあるのは小さなオレンジ色のカード。
その両方をテーブルの上に置いてすっかり冷めてしまった紅茶を一口飲んで、
重いけれども沈むほどでもない溜息を天井に向かって1つ。
窓から時折吹き込む優しい風が髪を揺らして。
「何、書こうかな……」
小さな開いたそのカードにはまだ一行も書かれてはおらず。
テーブルの上に置かれたペンを指先で転がしてもう1度息をつく。
「………何、考えてるわけ?」
トレイの上にお茶の用意を載せて戻って来た魔法使いが呆れたように尋ねる。
「うん?今日、シードのお誕生日なの。それにつけるカードなんだけど、何を書こうかなって……」
「『お誕生日おめでとう』」
「それはもちろん書くよ。でも、それだけじゃ淋しいでしょ?」
「それでさっきからそんな調子なわけ?」
「それもあるんだけど……」
「だけど?」
「この1年も幸せな1年になるといいね、って書こうとしたの」
「うん」
「でもね、ふと思ったんだけど、『幸せ』って、何かなあ?」
いきなりの質問に魔法使いの少年が僅かに眉を寄せた。
「葛葉は、何だと思うわけ?」
「それを、さっきから考えてたの。何かわかんないのに書いたって、ちゃんと伝わらないと思って。でも、わかんないの。ルックは、どう思う?」
彼もまた先程までの自分のように首を傾げて溜息をついて。
「……さあ…まあ、すきな事をやっているんだったら、少なくとも不幸せではないだろうね」
自分のすきな事をすきなようにやる事が出来るのだから。
誰かに命令された仕事や嫌いな勉強を無理矢理やらされるのとは全く違う。
「うん」
「自分が想っている相手と一緒にいる時もそうだろうね」
手の届かないそんな人だったとしても、
ただ同じ空間にいさせて貰えるだけで嬉しくて泣きそうになってしまう。
「うん」
「でも、結局は個人の価値観によるんじゃない?」
「お買い物してる時が幸せ、とか、お掃除してる時が幸せ、とか?」
「そう。だから幸せというのはこういうものだ、っていう定義は存在しないんだよ」
うーん、と小さくバンダナの少年は唸って。
「やっぱり、他の言葉を書くしかないかなあ……」
「……逆に聞くけど、葛葉にとってあいつの幸せは何だと思うの?」
「シードの?……ずうっと前に、聞いた事があったけど……」
自分で直接聞いたわけではなかったけれど、
返って来た言葉があまりに痛かったのを覚えてる。
だからそれ以来彼の前で「幸せ」という言葉を言わないようにしている。
でもそれでも自分が望むのはたった1人彼が「幸せ」である事だけ。
その「幸せ」の形が彼にとってはどのような形になるのかはわからなくても。
「……葛葉はあいつにどういう風に幸せでいて貰いたいのさ?」
「うーん…痛い事とか、悲しい事とか出来るだけ起こらないでいて欲しいなあって…」
「他には?」
「無理とかしないで、元気でいて貰えたら……」
「それじゃないの?」
「え?」
「幸せの大元というものがあるとしたら、そこなんじゃないの?」
例えその後の時間でその人にとっての幸せというものの形が変わってしまっても。
まだわかっていない様子の彼にもう1度同じ言葉をゆっくり繰り返す。
ようやく思い当たったらしい彼は急いでカードに文字を書き込んで。
新しく淹れ直してあげた紅茶に僅かに口をつけると、
後でまた来ると言い残して慌しくプレゼントを持って彼は転移魔法で行ってしまった。
「………失敗してないといいけどね」
小さく苦笑しながら自分にも淹れた紅茶に口をつけかけて、
彼が先程までいた辺りの床に、
悩みの種だったオレンジ色の物が落ちている事に気付く。
お誕生日おめでとう、シード。
この世界に生まれてきてくれて、ありがとう。
僕に会って、一緒にいてくれて、ありがとう。
僕の事すきって言ってくれて、ありがとう。
いっつもなかなか届かないかもしれないけど、
僕もシードの事いっぱいすきだよ。
いつかシードが………
開けたままの窓から強弱の加減を忘れた強めの風が吹き込んで、
華奢な指先からカードを奪い去っていく。
取り戻そうかとも思ったけれどやはり思い直して、
小さく呪文を呟いた後窓を閉めた。
行く先に何の邪魔も入らない事を願って。