HEAT
CAPACITY
普段から五月蝿いほど賑やかな同盟軍の本拠地が今日は更に沸き立っていた。
それもそのはず、トラン解放戦争の英雄ユギ・マクドールが来訪しているのだから。
「シュウさん!ユギさんです!!」
来客の時は必ず相手と挨拶させるようにしつこく言って聞かせたせいか、
エンジュははしゃぎながら書類の山と格闘しているシュウの部屋を訪れた。
一瞬、ユギと目が合う。
「……お初に御目にかかります、ユギ・マクドールです」
ユギが洗練された礼儀を尽くして挨拶する。
「……この軍の軍師をしておりますシュウと申します。遠方よりよく御出で下さいました」
慌ててシュウも挨拶する。
それを見てユギは小さく微笑むとエンジュに引っ張られながらシュウの部屋を出て行ってしまう。
シュウは髪の毛を掻き揚げると一つ溜息をついた。
―――もう逢うことなどないと思っていたのに。
三年前の解放戦争の時、自分はロリマー地方で交易をしていた。
戦争が激しくなる中商業路だけは安全であり帝国軍も何一つ手を出してこなかった。
ある時、解放軍がロリマー地方に遠征するのに商業路を使わせて欲しいと言ってきた。
当時商業路を仕切るほどの権力を握っていた自分は、簡単に首を振らなかった。
「……解放軍のリーダーを一晩お貸し下さるのならそのお願いを御聞き届けします」と。
自分は戦争になんて興味がなかった。
戦争のおかげで儲けているようなものだしどちらが勝とうが負けようが関係なかった。
解放軍に加担するつもりはなかったし、商業路を何日間か明け渡すことで交易に滞りが出来るのが何より嫌だったから。
だから、無理難題を押し付けて明け渡す気がない事を暗に示したというのに。
「今晩は。あなたがシュウさんでしょうか?」
条件を提示したその晩、泊まっていた宿に少年が現れた。
「……まさか」
シュウは読みかけていた本を取り落としそうなほど驚いた。
「残念、そのまさかです」
少年は僅かに微笑む。
何処か淋しげで。
話もそこそこにベットに組み伏せた。
「……あなたがここまでする必要はない筈だ」
「………そうおっしゃいます?まあ、そうかもしれませんね……」
「じゃあ何故?」
「……目的と人命の大きさのわからないあなたには、永遠に分からない理由です」
天使のようだと表される笑みを見せる。何処か嘲笑うかのような。
「……わからないだろうな」
我が身を犠牲にしてでも、
プライドを捨ててまでも自分の所に来たユギを褒めながらも何故か酷く腹が立って、
その晩は小鳥が囀り出すまでユギを寝かそうとはしなかった。
それでも約束は約束だからと、翌日から一週間、商業路を明け渡した。
「御協力ありがとうございます」
あの晩見せた笑みとは違い、リーダーとして口の端だけに僅かに笑って。
恐らく、軍師とユギ以外の人間は知らないのだろう。
ユギがどうやってシュウを説得したのか。
「みんな、行こう」
ユギの一声に、一向は進み出す。
それを後ろから見ているユギに声を掛けた。
「……他の人間には?」
「……知る訳がないですよ。教える必要がないのだから」
「……あなたはそれでいいんですか?」
「さあ?」
ユギは小さく肩を竦める。
「………己の欲だけに走るのもいいと思いますよ。ただ…周りが見えなくなったらそれで終わり、ってとこですか」
ユギは歩き出す。
背を向けたユギは神々しくて。
自分の汚れを、思い知らされた気がした。
その晩遅く、シュウはユギの部屋を訪れた。
「……あなたは変わりましたね」
ユギが目を細める。
「どういう意味だ?」
「ひっくるめて、ですね。昔のあなたならこんな所に収まる筈がないのに。トランとの交易、止めたんですか?」
「……ああ」
「どうして?軍資金は必要なんじゃないんですか?」
もともとトランとは交易するつもりはなかったのだけれど。
ユギがいるから。
彼にもう一度逢いたいと心のどこかで願っている自分がいて。
珍しく抑え切れずに儲かると称してユギを捜していただけなのだから。
「……もう必要がないからだ」
「やっぱり変わりましたね」
打ち解けているように見せて、人一倍他人との境界に厚い壁を作り上げていて。
微笑んでいるだけのように見えても実は淋しさからの自嘲のものがそれを占めていて。
人と関わるのをとことん避けていたというのに相変わらずの人の良さで軍主の少年に力を貸す為にここまでついて来て。
―――酷く腹立たしい。
「俺は相変わらずなお前が嫌いだ」
そう言いながらも腰紐に手を掛けて。
「……エンジュには手出さないで下さいね…あの子はあなたには綺麗すぎるから」
そういう人を庇うような所も、自己犠牲をしているつもりはないだろうのにそう見える所も、全部。
「……そのつもりはない」
自分では汚せない。汚す力もない。
「………ねえ、あなたは僕の事すきなんですか?」
「さあな」
これは愛情ではない。
単なる薄汚れた独占欲。
ふらふら飛んで行ってしまう小鳥の翼をもいで鳥籠の中に閉じ込めるような。
そうしたくてもユギは決して手に入るような人じゃないから余計に酷く腹が立って。
「……ユギ」
突如キスで黙らせた。
自分に抱かれている間は自分のことだけ考えさせたい。
その気持ちが単なる独占欲なだけではない事に、頭脳明晰な軍師は気付いていない。
○ あとがき
自分の目的を一番に考えるシュウさんにとって、
自分を犠牲にしてみんなの目的を達成しようとするユギさんは眩しく映るんでしょう、みたいな(謎)