ずっと二人で…

 

「エンジュ……」

抱き締めている腕の中の小さな身体はこれでもかというほどに冷たい。

どんなに抱き締めても冷たい腕をさすってやっても温かさを取り戻す気配はなくて。

胸に耳を当ててみても、本来聞こえてくるはずの鼓動も聞こえる事はなくて。

もう一度名前を呼んだけれどやっぱり返事はないし目を開けなくて。

そんな中で、輝き続けている紋章が、不気味だった。

―――頭では理解できても感情が追いつかなくて、涙が出てくる事はなくて。

ただただ抱き締めているより他に、なかった。

 

 

 

「なあ」

「……なあに?」

腕枕をしていた腕を優しく外して腕の中に抱き込む。

 

「俺も…お前も何となく避けてた事だけどさ……この戦争が終わったらどうする?」

 

一番聞かれたくなかった質問。

そして、答えを知りたくても聞く事が出来なかった質問。

「……シードは?」

小さく尋ねたエンジュに、シードはことさら明るく言った。

「俺は、この戦争でどっちが勝ったとしても……エンジュと一緒にいたい」

真っ直ぐな瞳。

切々と伝わってくるシードの気持ち。

その瞳にどう答えたらいいのかわからない。

嬉しいのと、何とも言えない気持ちが混ざってどうしようも出来ない。

言葉に出来ない気持ちを代弁するかのように涙が溢れてきて、エンジュは慌ててシーツで小さく涙を拭った。

 

―――自分がしようとしている事に対する罪悪感を感じたから。

 

 

 

皇都ルルノイエ。

ついに乗り込んだ城の中には沢山の王国兵が行く手を阻もうと立ちふさがっている。

それをみなで叩き伏せながら進んでいくと、ついに内宮の一歩手前まで辿り着いた。

予想通り、シードとクルガンが立ちふさがっている。

いつかは直接対決をしなければならないだろう、それはわかっていた。

どちらかが生き残って離れ離れになるとわかっていたけれど、想いは止められなかった。

じっと見つめたエンジュに、シードも真剣な眼差しを返す。

 

―――ジョウイに会う為にはシードを倒さねばならない。ジョウイ達を逃がす為にはここでエンジュ達を食い止めなければならない―――

 

お互いの想いが交錯するのを感じながら、武器を構えた。

 

 

 

互いに魔法攻撃を繰り出す壮絶な戦い。

それを終わらせたのは、シードに落とされた雷撃球だった。

体力の限界を感じ、そして己の成すべき事を果たしたシードは、降参を宣言した。

エンジュの揺れている瞳がこちらを向く。

それに小さく頷いてやると、エンジュは言葉の代わりに目を伏せて見せ、先に進んで行った。

先に倒れたクルガンは、既に息を引き取ってしまっていて冷たい。

次は己の番だと目を閉じた時、ふと指先に何かが当たるのを感じた。

必死になって指を伸ばして取ってみると、優しさのしずく札だった。

光に透けて文字らしきものが見え、裏を見てみると「天山の峠」と書かれていた。

エンジュの字である。

先程落として行ったのだろう。

エンジュから何度か話には聞いた事があったため、そこに来いというメッセージであろう。

 

シードは手の中のお札を見、そしてクルガンに目礼すると水色の柔らかい光に包まれた。

 

 

 

辿り着いた王座の間にはジョウイはいなかった。

ある程度予測のついていた事だ。

ここにいなければ、ジョウイはあそこに行くに違いないのだから。

シードはちゃんと落として行ったお札に気付いたらしく、城が崩れる為に脱出する際には戦った場所にはいなかった。

これでいいんだ、そう思った。

あと成すべき事はただ一つ。

自分が守りたいものの為に。

 

 

 

崩れゆく城を見ながらエンジュは同盟軍の仲間に気付かれぬように抜け出した。

誰にも気付かれる事なく本拠地に戻ったエンジュは、旅支度をした。

部屋を出て振り返って頭を一つ下げると墓地に行き、丁寧に埋葬されたナナミの御骨の入った箱を掘り出した。

そして瞬きの紋章を使って懐かしいキャロの街へ戻った。

早速家に帰って養父の墓の前で手を合わせ、大きな石を拾ってきて穴を掘り、ナナミの墓を作った。

あんな地下に埋葬されるよりも生まれ育ったこの家で眠った方が幸せだろうから。

彼女が大好きだった花を手向けて祈ると、エンジュはゆっくりと立ち上がった。

そしてトンファーを手に取る。

この長い戦争に真の決着をつける為にも、ジョウイとの約束を果たす為にも……目的を、果たす為にも。

 

 

 

お札を使った為に何とか回復したシードは、崩れ落ちる城からどうにか抜け出し、クルガンを埋葬した。

長い間付き合ってきた親友が何を言っても黙っているなんて……

わかっていた結果だし、戦場に身を置くものとしては覚悟は出来ていたが何とも言えない苦みがある。

シードは目を閉じると、クルガンの墓の前で敬礼した。

 

―――俺に、もう少しだけ時間をくれ、と。

 

 

 

わかっていた事だったけれど、ジョウイは棍を向けてきた。

自分としては戦うつもりはない。ひたすら防御を繰り返していると、ジョウイの得意技の痛恨の一撃が入った。

「…っ……」

「エンジュ……何故戦わないんだい?」

ジョウイが悲しい瞳で問いかけながら棍で技を繰り出してくる。

その時だった。

いつも紋章を使った後に起こっていた発作とジョウイの技を同時に食らったのは。

只でさえ発作を起こすと苦しいのに、相乗効果を起こして息が出来ない。

蹲ったエンジュに、ジョウイは問答無用で棍を向けてきた。

「……君の…負けだね」

答えたくても声が出ない。

どうにか小さく頷くと、エンジュの紋章が輝き出した。

 

 

身体が熱い。

魂の熱さかもしれない、と思った。

エンジュがだんだんその熱さを感じなくなってきた時、今度はジョウイの身体が熱くなり始めた。

「……これ…は?一体……」

ジョウイがわけがわからないといった様子で呆然としている。

どうして?

これは?

はっと気がついて振り返ると、エンジュが満足そうな瞳でこちらを見ていた。

 

「……ジョウ…イ……もう…僕を置いて…行かせない……から……」

 

そう切れ切れに言って微笑む。

その時、シードが坂を駆け上ってきた。

「エンジュ!?ジョウイ様!!」

ジョウイはシードから目を背ける。とても直視なんか、出来ない。

「………シード……」

力無く呼ぶ声に、ジョウイに視線を向けていたシードがエンジュを抱きかかえた。

「エンジュ……」

 

「……ごめん…ね…僕…二人を…失くしたくなか…った…から……」

 

 

自分の守りたかったもの。

ナナミは守り切れなかった。

自分の不甲斐なさを呪った。

後の守りたかったものは、シードとジョウイだけ。

このまま行けば、自分は二人とも失ってしまうだろう。

そんな事には耐えられなかった。

一人ぼっちで、新しく出来た国を未来永劫見守るなんてことをしたくなかった。

二人だけは何としても守りたかった。

たとえ自分の命が引き換えになっても。

ナナミの昔のように暮らしたいと言う夢もシードのずっと一緒にいたいと言う夢も裏切ってしまうけれど。

 

 

「だから……許して…ね……」

 

そう言ったきり、エンジュは動かなくなった。

光り輝き続けていた盾の紋章がだんだんとその輝きを失った時、エンジュの右手からは紋章が消えていた。

ふと見ると、ジョウイの右手が輝き出し、始まりの紋章が完成された。

 

 

 

エンジュの身体はこれ以上はない程冷たくて、エンジュが自分達の為に何をしてどうなったのかわかっていても心が受け付けない。

これは嘘だ、これは夢だ、名前を呼べばエンジュは目を開ける。

そう思ってシードは何度もエンジュの名前を呼んだ。

声が掠れて、出なくなってしまうまで。

 

ジョウイはただ呆然として右手を見つめていた。

エンジュの命の重さを感じながら。

 

 

 

すっかり日は落ち、ようやくシードはエンジュを抱きかかえて立ち上がった。

そして振り返る。

「ジョウイ様は……これからどうなさるおつもりですか?」

約束の印を刻んだ岩を見つめていたジョウイは、シードを見て少しだけ微笑んだ。

「僕は、これから旅に出るよ……エンジュがくれた命で、エンジュの分も色んな事を見るつもりだよ」

シードは?と目だけで尋ねる。

「俺は……俺も、そうですね…旅に出る事にします……」

「そうか……」

立ち上がったジョウイにシードが最敬礼をする。

ジョウイも感謝の意を込めて一礼すると歩き出した。

それを見送りながら、シードは腕の中のエンジュを見つめた。

 

 

 

昔一度だけエンジュと来た森。

茂みの奥まで進むと、シードはそっとエンジュを降ろした。

 

「……ごめんな…俺もお前を失くすのは…嫌なんだよ……」

 

一緒にいたいと言った気持ちは決して嘘偽りではなかった。

失くしたくないと言う気持ちは、エンジュと同じだったのに。

 

「……ごめんな…貰った命…返すよ……」

 

敵じゃなかったらよかったのにな……

最後につぶやいた言葉は、風の音にかき消された。

 

 

      あとがき

イメソンにしてる、某アーティストのこの曲。カップルで聞くと必ず別れるらしいです……()                                

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